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<title>ハセツネ（日本山岳耐久レース）を終えて</title>
<description> 昨年は怪我をして悔しい思いばかりしました。 怪我はいつまで経っても回復する兆しを見せず、 春になってもハイキング程度で足を引きづる始末。 昨年の悔しさを云々などと言っては見たものの、 一向に練習する気にもなれず、正直半分イジケはじめてました。 そのな春のある日、 僕や仲間にとって思いがけない事件が起こりました。 山を楽しむことが出来なくなり、次第に山から遠ざかるようになりました。それでも僕は、ハセツネへ
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<![CDATA[ 昨年は怪我をして悔しい思いばかりしました。 <br /><br />怪我はいつまで経っても回復する兆しを見せず、 <br /><br />春になってもハイキング程度で足を引きづる始末。 <br /><br />昨年の悔しさを云々などと言っては見たものの、 <br /><br />一向に練習する気にもなれず、正直半分イジケはじめてました。 <br /><br />そのな春のある日、 <br /><br />僕や仲間にとって思いがけない事件が起こりました。 <br /><br />山を楽しむことが出来なくなり、次第に山から遠ざかるようになりました。<br /><br />それでも僕は、ハセツネへの思いだけは捨てきれず、<br /><br />”ハセツネ完走”の目標をもう一度自分の中に誓いました。<br /><br />昨年から何度も、何件もの病院へ行き、 <br /><br />時には超人気スポーツ整形外科に１か月以上先の予約を取り、 <br /><br />診断を受け、 <br /><br />その度に「治せないなら用はない」とばかりに、 <br /><br />何度も何度も病院を変えていたのに、 <br /><br />今回だけは最後のつもりで、某大学病院へ紹介状も持たずに行きました。 <br /><br />何時間も病院で待たされ、ＭＲＩを撮りました。 <br /><br />診断の結果、僕の怪我は半月板損傷との事でした。 <br /><br />ただし、 <br /><br />『登山のように、極端に膝に負担をかける運動をしないこと。 <br /><br />スポーツ選手でもなければ、他に制限する事は特にない』との事でした。 <br /><br />冗談ではなく、 <br /><br />僕はその日の夜から、迷わずトレーニングを開始しました。 <br /><br />ただし、トレーニングと言っても、 <br /><br />最初は数キロを早足で歩く事から。 <br /><br />それを徐々にスピードを上げながら１か月間。 <br /><br />その後、ゆっくりゆっくりと５キロ～１０キロ程度のランニングを約２か月間。 <br /><br />痛みを感じたら歩きながら、続けてきました。<br /><br />トレーニングを始めた時に、レースまでの自分なりのスケジュールを組み、<br /><br />８月までは絶対に山には入らないと決めました。<br /><br />やがて８月になり、山に入ってゆっくりと登りを走り、<br /><br />下りはゆっくりと慎重に慎重に歩く。 <br /><br />９月になった頃に、久し振りに短い距離ではあるけれども、 <br /><br />ようやく登りも下りも、山を走り始めました。 <br /><br />要は怪我をした膝の周囲の筋肉を、<br /><br />もう一度しっかり作るのが先決だと考えていました。<br /><br />薬にしてもトレーニングにしても、 <br /><br />自分でその善し悪しを決めつけず、<br /><br />とにかく、限られた少ない時間を有効に、信じて続ける事が唯一の道だと決め、<br /><br />なんだか分からない高価なサプリメントとか、<br /><br />帰宅後は必ず湿布薬を使ったアイシングを欠かさず行いました。<br /><br />レースの当日、 <br /><br />第二関門までは絶対に無理をしないと心に決めました。<br /><br />去年は５㌔、今年は練習の段階から、<br /><br />右膝はもっても４０㌔程度だろうと思っていました。<br /><br />ただし、完走は、なにがあっても必ず成し遂げると決意していたので、<br /><br />あとはどれだけ苦しまずに行くか、<br /><br />少しでも膝の痛みが来るのを送らせたいとの考えからでした。<br /><br />第一関門で軽く休憩を取り、 <br /><br />再び走りだす時には、信じられないくらいに体が軽く動きました。 <br /><br />昨年あんなに苦しんだ三頭山の登りも、大きな苦にはなりませんでした。 <br /><br />第二関門手前の舗装路を走りながら、 <br /><br />『やっと戻ってきたぞ！』と、一年前のリタイア地点になった第二関門の光を<br /><br />ぼんやりと眺め、身震いするような感動を覚えました。 <br /><br />第二関門でも慎重に２０分程の休憩を取り、<br /><br />入念なストレッチとレース中「おやつ」と自分に言い聞かせていた<br /><br />ジェルを口にして再び走り出しました。 <br /><br />一年前に悔しい思いをしたこの場所で、あの日の忘れ物を手にし、<br /><br />走りだした時、こみ上げてくるアツイ気持ちで、<br /><br />溢れ出した涙を止める事が出来ませんでした。<br /><br />残りは３０キロもあるのに、<br /><br />去年の僕には遠すぎたゴールが、すぐ近くに、<br /><br />手を伸ばせば届くほどの距離に近づいた気がしました。<br /><br />その後も胸のバッチに話しかけながら飛ばしました。 <br /><br />もう膝の怪我も怖くない。 <br /><br />あとは何があってもゴールまで行くだけ、必ずゴール出来ると思ったら、 <br /><br />足は信じられないくらいに軽く、 <br /><br />登りでも下りでも、 <br /><br />何人抜いたか数えきれないくらい、 <br /><br />抜きまくりました。<br /><br />『右行きます！！右行きます！！』と連呼しながら 走り、抜き続けました。 <br /><br />第三関門を過ぎても、周りのランナーとはレベルが違い過ぎると感じるほどに、<br /><br />一人、また一人と、数えきれない人数を抜きました。 <br /><br />第二関門まで大事に来たせいか、 <br /><br />体力は十分に残っていたし、 <br /><br />なによりも走れる事自体が、信じられない気持で、<br /><br />走る事を楽しみました。<br /><br />ここまで来ると、自分自身どこまで行けるのかを試してみたい気持ちにもなったし、<br /><br />力を余したままゴールする事がないよう、<br /><br />残りの距離はもう考えずに走りました。<br /><br />たまに僕を抜いて行くランナーもいましたが、 <br /><br />全員抜き返しました。<br /><br />みんな疲れていました。<br /><br />暗がりのトレイルには、生きているのかと心配になるくらい、<br /><br />まったく動かなくなったランナーが、<br /><br />力尽きて倒れこんだままの姿勢で、あちこちに転がっていました。 <br /><br />そんな人たちを横目に、僕は最後までゆるめず走りました。<br /><br />残り５キロの表示を見てから先がとても長く感じた以外、<br /><br />そこから先はあまり覚えていません。<br /><br />ただ、目の前に続いている坂道をひたすら駆け下り、 <br /><br />深夜の五日市の住宅街を突き抜け、<br /><br />ゴールが見えてなお、 スピードを緩める事はしませんでした。 <br /><br />ゴール前で沢山の人達が声援を送ってくれた気がしますが、<br /><br />それもあまり鮮明には覚えていません。<br /><br />ただ、最後の直線を走りながらヘッドライトを消灯し、<br /><br />左胸につけたバッジを押さえ、<br /><br />『帰ってきたぞ。これがハセツネのゴールだぞ。』と、<br /><br />僕をここまで導いた"山のような男"と喜びを分かち合いました。<br /><br />僕にとって２度目のハセツネは、<br /><br />イメージしていたよりあっけなく、あっと言う間に終わっていました。 <br /><br /><br /><br />考えてみれば、 <br /><br />最後に病院を訪れたあの時、 <br /><br />僕の中で怪我と対する気持ちが、１８０度変っていました。 <br /><br />『怪我をしたから何が出来ない』と自分自身を制限するのではなくて、 <br /><br />『怪我を抱えたいま、何が出来るのか？』<br /><br />ごく自然に一切の迷いを捨て、<br /><br />自分を信じた春からの数か月間でした。 <br /><br />その答えを自分で導き出した今、 <br /><br />なんだかとてもほっとすると同時に、 <br /><br />なにかをやり遂げようとする時に、『強い信念と覚悟』が、<br /><br />なによりも先に、なによりも大切だという事を学びました。<br /><br />もちろんこのゴールが、僕だけの力でない事くらいは百も承知です。 <br /><br />現地まで足を運んで、寒い中応援してくれた沢山の友人や、<br /><br />一緒に練習に付き合って、いつも僕をフォローしてくれた友人。<br /><br />深夜にPCにはりついて応援していた、彼女や友人。<br /><br />そして１５時間を僕と共に、<br /><br />僕の頼りない右膝の支えとなって、<br /><br />僕の中で一緒に戦ってくれた、山のような男『GM』。<br /><br />レースをいろんな角度から支えたスタッフのみなさんとか、 <br /><br />とにかく、ハセツネ（日本山岳耐久レース）にかかわった全ての人に<br /><br />心から、言葉では言い尽くせないほどの気持ちをこめて、<br /><br />お礼を言いたいと思います。<br /><br />本当にありがとうございました。<br /><br /><br /><br />このレースで今年の僕のチャレンジは終了です。<br /><br />また来年、必ず一回り強くなって、<br /><br />再び奥多摩の山を駆け回りたいと思っています。<br /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-15.fc2.com/w/a/n/wanfub/39189607_2786565945.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-15.fc2.com/w/a/n/wanfub/39189607_2786565945.jpg" alt="39189607_2786565945.jpg" border="0" width="336" height="448" /></a><br /><br /><br />第17回、日本山岳耐久レース（71.5ｋｍ）<br /><br />Time:15:21:10<br /><br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>トレイルラン</dc:subject>
<dc:date>2009-10-15T10:00:19+09:00</dc:date>
<dc:creator>wanfub</dc:creator>
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<title>自分への挑戦</title>
<description> とても緊張しながらスタートの号砲を聞いた。自分の右膝をポンポンと軽く叩いて、心の中でつぶやく。『いつも御苦労さん、でも今日も頑張ってくれよ。』あちこち怪我をしてから、自分の足や体を、こんな風に労ったり、問いかけたりする事が自然と多くなった。スタートしてから山に入るまでは絶対に走らないと決めていた。アスファルトを走る事は怪我をしている膝に負担をかけ過ぎると思っていたからだ。でもスタートしてすぐに、そ
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<![CDATA[ とても緊張しながらスタートの号砲を聞いた。<br /><br />自分の右膝をポンポンと軽く叩いて、<br /><br />心の中でつぶやく。<br /><br />『いつも御苦労さん、でも今日も頑張ってくれよ。』<br /><br />あちこち怪我をしてから、自分の足や体を、<br /><br />こんな風に労ったり、問いかけたりする事が自然と多くなった。<br /><br />スタートしてから山に入るまでは絶対に走らないと決めていた。<br /><br />アスファルトを走る事は怪我をしている膝に負担をかけ過ぎると思っていたからだ。<br /><br />でもスタートしてすぐに、それは無理だとわかった。<br /><br />『せいぜい右膝は、もって５キロかな。』<br /><br />そんな事を考えながら、<br /><br />勢い込んだランナーの波に推されるように、<br /><br />僕もかかり気味に五日市の街に走りだした。<br /><br /><br />道路に出ると、沢山押し寄せた沿道の人たちの声援が嬉しかった。<br /><br />レースのため、一時的に封鎖された車道で停車していた車からも<br /><br />声援が起こっている。<br /><br />あぁ、これが日本山岳耐久レースか。<br /><br />おれは今、ハセツネを走り出したんだ。<br /><br />そんな感慨にふけりながら、諦めずにスタートを切って良かった、<br /><br />日本山岳耐久レースをスタートしたんだという実感がこみ上げてきた。<br /><br />信号を一つ、二つ曲がったところでスグに右膝が悲鳴をあげた。<br /><br />自分に腹が立つ。<br /><br />なんでだよ・・・<br /><br />まだまだレースは今始まったばかりなのに。<br /><br />腹が立って、そして苦笑いをした。<br /><br />『仕方ない、はじめから分かっていた事だ。』<br /><br />膝の激痛は、これから始まる長いレースに向かう僕を逆に奮い立たせてくれた。<br /><br /><br />一度激痛が出ると治らないのは、何度も同じ事を繰り返しながら学んだ。<br /><br />それでも右手の拳でトントンと軽く膝の上を叩きながら、<br /><br />まるで他人事のように『がんばれよ、がんばれよ』と自分の膝に声をかけた。<br /><br />ここから先は、この右膝の激痛と共に行かなければならない。<br /><br />それにしても長いな、想像も出来ないくらいに遠い。<br /><br />やがてトレイル（山道）に入った。<br /><br />普段ならたいしたペースではないはずなのに、<br /><br />どうしても痛みに耐えきれず、下りで他のランナーに遅れをとってしまう。<br /><br />右膝に力が入らない。<br /><br />痛い。<br /><br />ここ数ヶ月間、ずっと僕を悩まし続けたのと同じ痛みだった。<br /><br />予備関門を経て第一関門手前で既に暗くなってきた。<br /><br />まだか、まだかと思いながら、<br /><br />とにかく止まらずに、適当なペーサーを探してついて行こうと思った。<br /><br />普段誰かのペースに併せて追走するのは、性格上とても苦手なんだが、<br /><br />この時はそうでもしないと、いつ心が折れてもおかしくない状態だった。<br /><br />暗闇の中、不意に目の前が明るくなって、<br /><br />再び大きな歓声が聞こえたと思っていたら、<br /><br />第一関門の浅間峠（２２．６６キロ地点）に到着した。<br /><br />休憩をするランナーを横目に、僕は止まらずに走り続けた。<br /><br />膝の痛みがあるせいで、他のランナーよりもハンデがあると思っていたし、<br /><br />止まれば右膝は必ずロッキング状態に陥って、<br /><br />曲げ伸ばしが出来なくなるのが怖かった。<br /><br />どこまで行けるか分からない、とにかく少しでも早くゴールへ近づきたいと思った。<br /><br />第一関門を越えてからは、このレース一番の標高差を登る三頭山への登りが待っている。<br /><br />登れば下らなければならない。<br /><br />行けるのか？この膝で・・・。<br /><br />とにかく何も考えずに前へ前へ進んだ。<br /><br />とうとう三頭山への登りにとりついた。<br /><br />もうこの頃には負担の少ない登りでも右膝が動かない。<br /><br />すでに"走る事"の限界はとうに過ぎていた。<br /><br />左膝を持ち上げて、次に右太もも辺りの短パンを掴む。<br /><br />そして腕の力で無理やり右膝を持ち上げる。<br /><br />地面に着地した右膝に両手をあてがい、<br /><br />不安定な右膝を軸に左足を上げる。<br /><br />とてつもなく長くて険しい登りだった。<br /><br />一歩進んでは心が折れそうになって立ち止まった。<br /><br />チクショー！！！<br /><br />言う事を聞かない右膝にイライラして何度も太ももを叩いた。<br /><br />呼吸は乱れていない。<br /><br />筋肉の疲労もさほどでもない。<br /><br />ただ、右膝だけが動かない。<br /><br />この痛みさえなければ・・・<br /><br />今年何度となく味わってきた思いを、<br /><br />やはりこのハセツネでも味わいながら進んだ。<br /><br />ただ、頭の中だけは妙に冷静に右膝に話しかけていた。<br /><br />『がんばれよ。まだまだ行けるぞ。』<br /><br />こんな所で終わってたまるか！<br /><br />三頭山への登りの最中、<br /><br />トレイルの脇に倒れこんで寝ている人を何人か見かけた。<br /><br />こんなに寒い中で寝るなんて・・・<br /><br />これがハセツネなのか。<br /><br />はじめてハセツネの本当の姿を見た気分だった。<br /><br />なんとか三頭山を登りきった時、<br /><br />このレースではじめて休憩を取った。<br /><br />膝の事で精いっぱいだった僕は、水以外の補給食をほとんど口にせず<br /><br />ここまで来てしまっていた。<br /><br />完全に燃料切れになった僕は疲弊しきっていて、<br /><br />あわててパワージェルを無理やり喉の奥に押し込んだ。<br /><br />すでにスタートしてから９時間が経過していた。<br /><br /><br />膝はもうとっくに動かないけど、<br /><br />痛みにさえ耐えていければ、心はまだ折れてない。<br /><br />まだ行ける、まだ行けると、何度も自分に言い聞かせて立ち上がった。<br /><br />スグに下りがはじまったが、<br /><br />休憩したせいもあって、右膝は軽くロッキングしている。<br /><br />自分のモノではないように言う事を聞かない。<br /><br />右、左、左、左・・・・<br /><br />ずっと頭の中で繰り返しながら坂道を下ったが、<br /><br />右足を着地しても、すでに右膝が体重を支えられない。<br /><br />支えの無くなった僕の体が、前のめりに赤土のトレイルに倒れ込んでまた叫ぶ。<br /><br />激痛で膝は自分の体重を既に支えきれなくなっていた。<br /><br />僕はとうとう歩く事すら出来なくなって、<br /><br />大きな木の下に腰を下ろした。<br /><br />チクショー！！<br /><br />チクショー！！<br /><br />後続のランナーの灯りが近づいては僕の前を通り過ぎ、再び暗闇に消えて行く。<br /><br />もう、動けない。<br /><br />もう一歩も下れない。<br /><br />このレースではじめて自分に弱音を吐いた。<br /><br />早く帰りたい。<br /><br />帰って暖かい布団でいつまでも寝ていたい。<br /><br />凍えながら手にしたコースマップにライトをあて、<br /><br />無意識に自分がリタイヤをする最後の場所を探していた。<br /><br />ここをもう少し下れば、蛸口峠、風張峠と続く。<br /><br />どこかで下山出来るかも知れない。<br /><br />その時、暗闇のトレイルを下ってくる仲間を見つけた。<br /><br />『●●さん！！』無心で声をかけた。<br /><br />二人でここまでの道のりの話をした。<br /><br />彼は走りだしてスグに体調を崩し、やがて悪化させ、<br /><br />何度も吐き気をもよおしながら、<br /><br />なんとかここまで来たらしい。<br /><br />俺よりも数倍も疲れているように見える。<br /><br />仲間を見つけた事で少しだけ元気を取り戻し、<br /><br />『よし、行きますか。』と、なんとなく声を掛け合いながら、<br /><br />僕らは再び暗い山道をゴールに向かって、ゆっくりと歩き始めた。<br /><br />さっきまでの疲弊した自分が嘘のように、最低限だけど、<br /><br />今ここを乗り切るには十分な力が湧いてくる。<br /><br />しばらく二人で話をしながら進んだ。<br /><br /><br />元気は出たが相変わらず膝の激痛が続いていた。<br /><br />途中で最後の痛み止めを飲みながら歩いたが、<br /><br />下りでは着地の瞬間に襲う激痛で大声を出したり、<br /><br />支えの利かない膝に力が入らず転んだりを繰り返しながら、<br /><br />なんとか一歩ずつ前へ前へと進んだ。<br /><br />やがて第二関門が近づいてきて、アスファルトの路面に出た時、<br /><br />誰もいない山奥のこんな場所で、<br /><br />突然現れた、たしかに人里に続く、無機質なアスファルトの路面に、<br /><br />なんだか凄くホッとした。<br /><br />第二関門の灯りが遠くに見えて、<br /><br />二人併走しながら僕からこう切り出した。<br /><br />『第二関門まであと少し、最後は走りませんか？』<br /><br />僕は最後の力を振り絞って走った。<br /><br />不思議なことに、この時だけは、さほど膝の痛みを感じる事なく、<br /><br />第二関門のチェックを通過した。<br /><br />そして僕は、シューズにつけたチップが、この日最後に反応する音を聞いた。<br /><br /><br /><br />終りと決めたのに、どうしてもリタイヤを宣言出来ずに<br /><br />エイドで中途半端に給水を受けた。<br /><br />しばらく座ったまま、暗闇に消えて行くランナーを見送っていた。<br /><br />よし、やっぱ行こう！<br /><br />そう思って立ち上がるけど、もう右膝は完全に力が入らない状態で、<br /><br />再びその場に立ち止まった。<br /><br />数歩歩いては立ち止まり、<br /><br />何度も自問と自答を繰り返しているうちに、<br /><br />不意に涙が溢れてきた。<br /><br />行きたい。<br /><br />まだ先がある。<br /><br />あんなに疲れきったランナー達が走りだすのに・・・<br /><br />行こう。<br /><br />さあ、行こう。<br /><br />ほら！<br /><br />自分自身に話しかけ、<br /><br />決めかねた。<br /><br />一人また一人と暗闇に消えて行くランナーを見送りながら、<br /><br />最後に、<br /><br />ここまで何度も何度も自分自身に問いかけては悩み、<br /><br />自分自身で決められなかった"リタイア"を、<br /><br />その答えを出せぬまま、ここまで来てしまった情けない自分自身を納得させるように、<br /><br />もう一度だけ、自分と自分の膝に問いかけた。<br /><br /><br />『俺は自分に負けてはいないだろうか』<br /><br /><br />僕は自分のシューズにつけたチップを外してスタッフに返しながら、<br /><br />リタイヤを宣言した。<br /><br />スタートしてから１１時間が経過した４２㌔地点だった。<br /><br /><br /><br /><br />あれから１年が経って、僕の右膝は相変わらずの状態だ。<br /><br />閉所恐怖症だった僕が春にはMRIにも入った。<br /><br />右膝の怪我は半月板損傷だった。<br /><br />でも昨年のレースを終えてこう思う。<br /><br />あんなに自問自答をして絞り出したリタイヤ宣言も、<br /><br />本当は怪我に負けたんじゃなくて、<br /><br />怪我をいい訳にした自分の弱さに負けたんじゃないのかって。<br /><br />そしてこんな事も思う。<br /><br />こんなにも、自分自身と向き合ったことが、<br /><br />今まで一度だってあっただろうか？<br /><br />あの日、あの場所に置いてきた何かを、必ず今年持ち帰る。<br /><br />今年再びあの場所に、自分自身の忘れ物を取りに行かなければ、<br /><br />僕は一生、自分に負け続けながら、それに目をつむって生きるのかも知れない。<br /><br />今週末の日曜日、今年の日本山岳耐久レースはもう目前に迫っている。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>トレイルラン</dc:subject>
<dc:date>2009-10-07T01:10:10+09:00</dc:date>
<dc:creator>wanfub</dc:creator>
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<title>結婚するリスクと結婚しないリスク</title>
<description> 結婚して、子供作って、マイホームとか買って、たまには会社帰りに外にも飲みに行って・・・周囲の人間は結婚はまだか、結婚はまだかとうるさいけど、結婚ていったいなんなんですか。いつか年老いて一人で死にたいとは思わないけど、一人が嫌だから結婚したいとも思わない。子供は欲しいけど、今すぐでなくてもいいし、とにかくこう言いたい。『おれ、こいつと結婚したいな』そうゆう相手とそうゆう事感じた時が結婚する時かなって
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<![CDATA[ <br />結婚して、子供作って、マイホームとか買って、<br /><br />たまには会社帰りに外にも飲みに行って・・・<br /><br /><br />周囲の人間は結婚はまだか、結婚はまだかとうるさいけど、<br /><br />結婚ていったいなんなんですか。<br /><br />いつか年老いて一人で死にたいとは思わないけど、<br /><br />一人が嫌だから結婚したいとも思わない。<br /><br />子供は欲しいけど、今すぐでなくてもいいし、<br /><br />とにかくこう言いたい。<br /><br />『おれ、こいつと結婚したいな』<br /><br />そうゆう相手とそうゆう事感じた時が結婚する時かなって。<br /><br />４０になってまだ一人者で、<br /><br />俺がすっかりオッサンになってたら笑えばいいよ。<br /><br />あいつ、言わんこっちゃないなって（笑）。<br /><br />・・・・・<br /><br />でもね、そんなもん俺にとっちゃ、クソムカつくだけの世の中だ。<br /><br /><br /><br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>そんな社会に一言モノ申す！</dc:subject>
<dc:date>2009-10-02T18:18:01+09:00</dc:date>
<dc:creator>wanfub</dc:creator>
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<title>海の向こうで僕らは笑い涙を流す</title>
<description> 数年前に、とある旅行会社のキャンペーンに応募した文章を探していたら、運よくその旅行会社のブログからアドレスを発見できたので、ここにコピーして残しておきます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・３０を過ぎ、社会の片隅で慎ましやかに生活する今でも、年に３～４回は海外へ旅をするようにしている。あえて”するようにしていると”書いたの
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<![CDATA[ 数年前に、とある旅行会社のキャンペーンに応募した文章を探していたら、<br />運よくその旅行会社のブログからアドレスを発見できたので、<br />ここにコピーして残しておきます。<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br /><br /><br />３０を過ぎ、社会の片隅で慎ましやかに生活する今でも、<br />年に３～４回は海外へ旅をするようにしている。<br />あえて”するようにしていると”書いたのは、<br />様々なインフラが社会を形成しているように、<br />旅というのもが、僕を形成するうえで<br />なくてはならないものであると、自分自身それを位置づけているからだ。<br /><br />さて今回のテーマが「新しい自分発見！」という事なので、<br />極力それに沿った話を、<br />僕の中にある”旅”という引き出しから探して書いてみることにする。<br /><br />どんな旅でも少なからず旅人にとって影響を与えていると僕は考える。<br />旅先で出会った景色、旅先で出会った人々、旅先で起こったハプニングなどなど、<br />それらを素通り出来ないのもまた旅の面白さだろう。<br /><br />実際に僕自身も旅先で、感動的な景色や芸術的建造物に強く胸を打たれ、影響を受け、<br />出向いた国での一期一会に感動し、突如として身に降りかかるハプニングに肝を冷やした事も少なくはない。<br /><br />そんな僕は数年前から一人旅を楽しむようになった。<br />理由はひとつ、<br />一人旅をすれば、自分を変えられると思ったからだ。<br />つまり、まさしく今回のキャンペーンテーマである<br />”新しい自分発見”これが出来ると思ったからなのだ。<br /><br />一人で海外に出かけ、ひとりぼっちの孤独と不安を直に感じながら、<br />言葉も国籍も違う、見ず知らずの人の親切に助けられ、<br />感動的な景色に人知れず涙し・・・<br />そんな旅が自分を変えてくれると信じていたと思う。<br /><br />だが実際に沢山の貴重な経験をして帰国してみると、<br />いつもと変わらず仕事をして、いつもと変わらず人と向き合い、<br />いつもと変わらぬスピードで過ぎ去る時間の中に身を置く自分がいる。<br />これではいけないと思い、<br />ふたたび旅に出る。<br />帰国して同じ事をまた繰り返す・・・<br /><br />旅が私の人生を変えました！って言っちゃう人スゴイ！そう思っていた。<br />真剣に。<br />つまりどこに旅をしても、何度旅をしても、何も変わらなかったのである。<br />僕にとってのターニングポイントになった、ある国への旅をするまでは。<br /><br /><br />その国で僕は久しぶりに昔の友人と再会した。<br />彼は、休暇を利用して遊びに来た旅行者である僕を、<br />心からもてなし、ベッドと食事を提供してくれた。<br />さらに、あちこちへ観光にまで連れて行ってくれた。<br />そんな至れり尽くせりの旅行中、<br />僕は時差ぼけを理由に終始不機嫌で、<br />なにかと言えば彼に突っかかり、<br />挙句の果てには、彼の家で催されたＢＢＱの間も、<br />暖かい部屋の中に一人で寝ている始末。<br />それでも彼は、そんな僕に黙ってＢＢＱした肉や野菜を運び、<br />惜しげもなく酒を振舞った。<br /><br />そんな旧友と過ごした旅の最終日、<br />どうせ買物があるからと、<br />彼は８時間もかけて、彼の住む田舎町から、<br />大都市にある帰りの空港まで車で送ってくれた。<br />その空港で、出国ゲートをくぐるまでの僅かな時間、<br />彼と無言でコーヒーを飲んだ。<br /><br />数十分が経ったであろうか、<br />僕は飲み終わったペーパーカップをゴミ箱に捨て、<br />「じゃあ、行くよ。ありがとう。」と彼に言うと、<br />彼は寂しそうな顔で何度も、<br />「まだ時間あるだろ？もう一杯だけ飲もうよ、もう一杯だけ。」<br />そう言って僕を引き止めた。<br />僕が笑いながら「もういいよ、お腹一杯だよ」と言うと、<br />ポツリと彼は、「俺も帰りたいな」そう一言だけ言って、<br />僕と一緒に出国ゲートの前まで歩き始めた。<br /><br />ゲートの前で僕はもう一度「ありがとう、じゃあ行くよ。」と彼に別れを告げ、<br />彼は「また友達でも連れて遊びにおいでよ」と言い残してゲートに背を向けた。<br />立ち去ろうとする彼の寂しそうな後姿を目で追いながら、<br />彼と過ごした、この旅の数日間が、<br />何度も何度も僕の脳裏を走馬灯のように駆け巡り、<br />なにか言葉には出来ない焦燥感だけが、僕を包み込んでいった。<br /><br />「ねえ、チョット待ってよ」今度は僕から声をかけながら、<br />自分自身どうしていいのか分からずに、<br />「あの、ありがとう・・・本当に」<br />最後にそう口にした時には既に、<br />心の奥で燻っていた自責と後悔の念は涙となって、<br />僕の瞳を潤ませていた。<br /><br />「今度日本に帰って来る時には僕の家に泊まるといい。それから、<br />新宿の、ほら、ずっと昔に二人で飲んだ思い出横丁でまた飲もう。<br />猫がカウンターの上を行ったり来たりしたあのお店」<br /><br />何度も何度も、「ありがとう」「ありがとう」って、<br />最後の最後になってやっと、僕は彼に言いながら、<br />瞳を潤ませて今にも溢れ出しそうになっていた涙を止めることが出来ず、<br />今度は僕が彼に背を向け、出国ゲートへと振り返った。<br /><br />後ろ髪を引かれる思いで最後に彼を振り返ると、彼はさっきと同じ寂しそうな背中で、<br />空港の出口をあとにするところだった。<br /><br /><br />この旅で彼が僕のためにしてくれた事を思いながら、<br />それに比べて自分は・・・<br />必死に堪えた涙は滝となり、僕の頬をつたって落ちた。<br /><br />一期一会の出会い、再会、この旅で僕のために尽くしてくれた <br />友人をはじめ、全ての人の心の温かさを身に沁みて感じながら、 <br />彼らに比べ、<br />自分はどこまで小さく愚かな人間であったろうかということを、 <br />この旅を通して、心をえぐられるほどに思い知った。 <br /><br />人は一人でも生きて行けると思う。<br />その反面、人生を豊かにするのは、 <br />沢山の人との出会いであり、<br />そこから生まれるサムシングだと、沢山の旅をした今、やっとそう気づく事が出来た。<br /><br />大事な事は、どこに行って何をしたかではない。<br />旅に出て、たったひとつでも何かを経験する事が出来たなら、<br />その経験を、今の自分にどう活かすのか。<br />けっきょくそういう事なんじゃないかって、<br />今になってやっとそう思う。<br /><br />そんな事を考えていたら、何年も前に行った場所で見たあの景色とか、<br />あの風とか、あの人達とか、もう一度会ってみたいな、なんて思うようにもなった。<br /><br />きっと、あの時こころに焼き付けたはずの景色は何も変わらなくても、<br />同じ場所に立つ僕が、今度こそ変わっていて、<br />あの時と同じ景色の中で、あの時と同じ空気や人や、そしてそこに立つ自分を、<br />どんな風に感じるのだろうか。<br /><br />新しい自分を発見したいからまた旅に出る。<br />旅は、人生のあらゆるスパイスを含んだ、<br />これからの僕にとっても、なくてはならないものだから。<br /><br /><br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>海外旅行</dc:subject>
<dc:date>2009-10-02T17:43:28+09:00</dc:date>
<dc:creator>wanfub</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>プチグランドサークルの旅（４日目）</title>
<description> 朝が来た。昨日モニュメントバレーで過ごした静かな夜と、全ての始まりを感じさせた創造の朝が嘘のような騒がしい朝が。その音はどうやら一晩中鳴り続けていたようだ。その証拠に僕が目を覚ましたこの瞬間もまた、遠くで唸っている。僕はモーテルで手早く朝食を済ませようと、食堂へ向かった。朝が早いというのに、そこはすでに座る場所もないくらいに混みあっていた。もう何度か同じようなスタイルの旅をしている僕は、モーテルの
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<![CDATA[ 朝が来た。<br /><br />昨日モニュメントバレーで過ごした静かな夜と、<br /><br />全ての始まりを感じさせた創造の朝が嘘のような騒がしい朝が。<br /><br />その音はどうやら一晩中鳴り続けていたようだ。<br /><br />その証拠に僕が目を覚ましたこの瞬間もまた、遠くで唸っている。<br /><br />僕はモーテルで手早く朝食を済ませようと、<br /><br />食堂へ向かった。<br /><br />朝が早いというのに、そこはすでに座る場所もないくらいに混みあっていた。<br /><br />もう何度か同じようなスタイルの旅をしている僕は、<br /><br />モーテルのコンチネンタル・ブレックファーストにも慣れてきたが、<br /><br />この日は少し勝手が違っていた。<br /><br />ワッフルを焼こうとワッフル焼き機の前に立った時、<br /><br />後ろにいた老人が「あぁ～～違う違う！！と僕が手に持っていたワッフルの種を奪う。<br /><br />そして老人は「また新しい客が来たな」と得意げに笑った。<br /><br />それを見ていた他の宿泊客達も笑いながら、口ぐちにこう言う。<br /><br />「その人はワッフルを焼いてくれる先生だよ（笑）」<br /><br />それに応えるように老人。<br /><br />「ほら、新しい生徒だ。」<br /><br />僕も笑って、ワッフルを焼くのを彼に任せる事にした。<br /><br />焼きあがったワッフルは、<br /><br />特別美味しい訳でもなく、実に普通のワッフルだった。<br /><br />ちなみに彼も夫人と共に旅をしているただの旅人だ。<br /><br /><br />ホテルをチェックアウトをしたその足でフラッグスタッフのダウンタウンへ向かった。<br /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-41.fc2.com/w/a/n/wanfub/RIMG0288.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-41.fc2.com/w/a/n/wanfub/RIMG0288.jpg" alt="RIMG0288.jpg" border="0" width="490" height="367" /></a><br /><br /><br /><br />最初に見つけたビジターセンターに立ち寄ると、<br /><br />早朝にも関わらず数名の観光客がお土産物を物色していた。<br /><br />近寄ってみると、どうやら日本人のようだ。<br /><br />こんな所で日本人に会うなんて。<br /><br />僕は少し嬉しくなった。<br /><br />嬉しくはなったが、なんだかこちらから声をかける事が、<br /><br />旅慣れていない素人っぽく見られそうで憚った。<br /><br />たぶん彼らは僕をタイ人かマレーシア人と思っていたに違いないと思うと少々悔しいが、<br /><br />後ろ髪を引かれる思いで僕はビジターセンターを後にした。<br /><br />その時、遠くの方からけたたましい音が聞こえてきた。<br /><br />あの音だ。<br /><br />昨夜ずっと僕を悩ませていた・・・<br /><br />僕は遠くから近づいてきたその音の主を見ながら、<br /><br />そうゆう事かと、はじめてあの煩わしい音を目視で確認した。<br /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-41.fc2.com/w/a/n/wanfub/RIMG0299.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-41.fc2.com/w/a/n/wanfub/RIMG0299.jpg" alt="RIMG0299.jpg" border="0" width="490" height="367" /></a><br /><br /><br />今まで見たこともないような長さで連なる Santa Fe の長距離列車は、<br /><br />けたたましい汽笛の余韻を残して僕の前を走り去った。<br /><br />日本に帰国してから、<br /><br />マザーロードR６６を１７回も横断したとゆう方の話を聞いたが、<br /><br />彼はここフラッグスタッフの町の事をやはり「うるさい町だ」と言っていた。<br /><br />つまりあの、けたたましく夜中じゅうも鳴り響く音は、<br /><br />この町のシンボルとも言えるのである。<br /><br />観光客である僕は今日この町を後にするけど、<br /><br />そしてたぶん、二度とこの町に来る事はないと思うけど、<br /><br />この町に住む人達は、しょっちゅうあの音聞きながら、本当はどう思っているんだろう。<br /><br />少し気になるが、僕のような通りすがりの旅人には関係のない話なのだろう。<br /><br /><br />ダウンタウンには僕のお目当てのアウトドアギアを扱うショップが沢山あった。<br /><br />いくつかの店を覘きながら早朝のダウンタウンをうろついた。<br /><br />アメリカのこんな小さな町が僕は好きだ。<br /><br />早朝の人気の少ない町の中で、<br /><br />小さなコーヒーショップだけが賑わっていた。<br /><br />僕もコーヒーを注文しながら、<br /><br />コーヒーの香りと、ベーグルの焼ける匂いに気持ちを和ませた。<br /><br />僕が一番好きなアメリカの朝の匂いだった。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-41.fc2.com/w/a/n/wanfub/RIMG0286.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-41.fc2.com/w/a/n/wanfub/RIMG0286.jpg" alt="RIMG0286.jpg" border="0" width="490" height="367" /></a><br /><br />その後車に乗り込んだ僕は、<br /><br />次の目的地であるセリグマンの町を目指してハンドルを握りながら、<br /><br />そろそろ町外れまで来たときに、<br /><br />ふとこんな事を思った。<br /><br />もしかするとこの町は、僕の旅を彩るためだけに、<br /><br />僕が訪れたこの時間だけ機能していたんじゃないのかって、<br /><br />僕が立ち去った後この町は、もしかすると全ての機能を停止させて<br /><br />また次の訪問者を待つんじゃないのかって、<br /><br />そんな風に思えてしまうほど、<br /><br />このフラッグスタッフの町も素敵な場所だった。<br /><br /><br />さあ、再びロングドライブの始まりだ。<br /><br />I-４０をセリグマンへ向かってひた走る。<br /><br />オートクルーズを制限速度一杯にセットして、<br /><br />足を楽なポジションに置く。<br /><br />ハンドルはゆるく握ったまま、同じようにオートクルーズをセットしているであろう<br /><br />他の車とこの先何マイルにもわたって、スローモーションで抜きつ抜かれつを演じてしまうのは、<br /><br />おそらくタイヤの径が違ったり、登りでのアクセルの反応が違ったりと、<br /><br />微妙な違いが関係しているのだろうか。<br /><br />それにしても他の車もマナーがいい。<br /><br />狭い高速道路をチョコチョコとハンドルを操作しながら、<br /><br />アクセルを踏んだり放したりと、忙しい運転をするドライバーの多い日本とは大違いだ。<br /><br />それもこの広大な景色のせいなのだろうか・・・<br /><br />しばらくしてＩ-４０のセリグマンへの出口が出てきたので、<br /><br />僕は高速道路を下りた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-15.fc2.com/w/a/n/wanfub/RIMG0309.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-15.fc2.com/w/a/n/wanfub/RIMG0309.jpg" alt="RIMG0309.jpg" border="0" width="490" height="367" /></a><br /><br /><br />考えてみると、これから訪れようとしている、かつてＲ６６上にあったセリグマンの町も、<br /><br />僕が今走ってきた高速道路の建設によってその役目を終え、地図から消えたのだ。<br /><br />高速道路が出来たおかげで、僕の旅はとても便利に進むけど、<br /><br />なんだかそれも切ない話だ。<br /><br />今では小さなお土産物屋が数件並ぶ程度にまで衰退してしまった町の、<br /><br />かつての繁栄を想像すると、<br /><br />なんだかタイムスリップするような感覚になるのは、<br /><br />今でもこの場所が、かつてＲ６６の地図上に確かにあった証しが、<br /><br />あちこちに、くたびれて錆びつきなお残っているせいだろう。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-15.fc2.com/w/a/n/wanfub/RIMG0315.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-15.fc2.com/w/a/n/wanfub/RIMG0315.jpg" alt="RIMG0315.jpg" border="0" width="392" height="294" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-15.fc2.com/w/a/n/wanfub/20090804211719543.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-15.fc2.com/w/a/n/wanfub/20090804211719543.jpg" alt="USA 253" border="0" width="518" height="346" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-15.fc2.com/w/a/n/wanfub/2009080421174023d.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-15.fc2.com/w/a/n/wanfub/2009080421174023d.jpg" alt="USA 249" border="0" width="518" height="346" /></a><br /><br />僕がこの場所を訪れた時にはちょうど、<br /><br />観光バスが沢山の日本人を載せて来ていた。<br /><br />どうやらこの小さな町は、<br /><br />ラスベガスからグランドキャニオンを観光するコースに組み込まれているらしい。<br /><br />観光客はみんなそれぞれに楽しそうな顔をしているけど、<br /><br />やがて時間が来て再びバスに乗り込む彼らを見ていて、<br /><br />ここでもまた、こう思いながら優越感に浸る。<br /><br />俺は君たちの数倍も数十倍も、<br /><br />いや、数百倍も自由だ。<br /><br /><br />その後最後の中継地点となったキングマンの町で昼食を取り、<br /><br />マッカランのレンタカーセンターへ急いだ。<br /><br />ＧＰＳを持っていたせいで、ほぼ迷う事なくマッカランに到着し、<br /><br />僕はタクシーでラスベガスのストリップにあるプラネットハリウッドへ向かった。<br /><br />４年ぶりに訪れたラスベガスのストリップで一番変わったのは、<br /><br />もしかするとこのホテルかもしれない。<br /><br />以前僕が宿泊した時には、<br /><br />このホテルの名前は「アラジン」だったが、<br /><br />９．１１以降このホテルは、そのホテル名から急速に宿泊者を減らし、<br /><br />現在のプラネットハリウッド・リゾート＆カジノとして生まれ変わった。<br /><br />その特徴あるたたずまいは変わらないが、<br /><br />この巨大ホテルがそこまでしなければならなかったのは、<br /><br />アメリカと全世界にとって、<br /><br />あの日、９．１１に起きた事件が、どれだけの影響を与えたかを物語るには十分すぎるだろう。<br /><br />さて、僕はこの後ラスベガスで、この旅の最後の夜を楽しんだのだが、<br /><br />ドライブ旅行の日記はここでおしまいです。<br /><br />time to say good-bye　U.S.A.<br /><br />またいつか。<br /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-15.fc2.com/w/a/n/wanfub/las28.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-15.fc2.com/w/a/n/wanfub/las28.jpg" alt="las28.jpg" border="0" width="392" height="294" /></a><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>海外旅行</dc:subject>
<dc:date>2009-09-10T20:27:48+09:00</dc:date>
<dc:creator>wanfub</dc:creator>
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